Christmas Gift
2005年 12月 27日
ども!
先週土曜の朝、仕事をしていると1通のメールが 「おしるしあり」
おしるし?
なんのこと?と思いとあるサイトへ ⇒ ここ
さらに調べてみると ⇒ さらにここ
あれれ~。予定は31日だったはずだが…
いろんな人から初産は遅くなりがちと聞いていたので、まさかなあ。
「ええええ、マジ、どうしよう」
というのも僕は中国厦門、嫁は吹田(大阪府です)
しかも、データによると50%以上は2日以内に生まれるってことやん。
僕の選択肢は
① たかをくくって厦門で仕事
② 大丈夫、無問題と無視して厦門で仕事
③ チケット結構高いやんで厦門で仕事
④ 仕事忙しいねん厦門で仕事
⑤ これで帰って生まれへんかったら笑われるな、で、厦門で仕事
しかありませんでした。
しかし、よ~く考えてみるとこれ一生にあるかないかだし、やっぱりそばにいてほしいと
言っていた記憶がああああ。
で、選択肢は1つしかなくなりました
⑥ とりあえず帰る。
ということでその日に昼に豪華な厦門航空で大阪へ
嫁の家に着いてみると、「あれから何にもないわ~」 「そっか」
5年ぶりにクリスマスイブは大阪で過ごしました。
ちゃんとクリスマスケーキも食べました。
日本のケーキはうまい!
翌日25日
ああよう寝たわ~!(嫁は寝れなかったようですが)
そして、いきなりなんか破水したみたい発言!
「えええええええ、マジ!!!!!」
朝6時ごろプチって音がしたらしい、僕は肉離れではないかと確認したけれども
どうやら肉離れではない様子。
早速、シャワーして朝ご飯食べてみんなの病院へ
助産婦さんいわく「破水してまっせ~、いらっしゃ~い、入院やで~」(おいおい)
朝11時ごろ入院決定です。
嫁と僕は昼飯前にコンビニで買ったおにぎりやパンを食べたので
僕だけが病院の昼飯を食べる。
長期間、香港中国にいるせいか、病院の日本飯でも うまい!
昼間はたいした陣痛がなかったが、4時ごろからだんだん痛そうにしていました。
ということは…
5時の夕ご飯はまた僕が頂く事に!
病院といえども日本の日本飯はうまい!
6時ごろから本格的に陣痛があり。 「痛い痛い」の連発。
ぼくも頑張ってずっと背中をさすったり背骨を押したりしてました。
助産婦さんがたびたび診断に来て頑張ろう、頑張ろうというものだから。
僕も頑張らねばと思い、気分はラグビーの試合前のよう。
必要もないのに何かに肩を当てたかったのです。
それにしても、時間を追うごとに痛さが増してきているようで、
一緒にいてしゃれにならないぐらい大変なのが分よく分かりました。
分娩台に乗るのはいつ頃なんだろうと聞くと生まれる30分ぐらいまで行きません。
って返事されて、自分がイメージしていたのとはちがってました。
僕は分娩台の横で3時間ぐらいずっといるんだと思ってた。
さて、本格的に痛くなって来た6時頃から約4時間半たった10時半ごろやっと分娩台へ
あともう少しだ!がんばれ! という気持ちともに僕も立ち会う!
顔が真っ赤にして頑張ってふんばってる嫁を見て、さらに大変さが身にしみて分かる。
嫁が頑張って、頑張った結果。 じゃじゃじゃ~ん!!!
12月25日 22時51分 男の子誕生です! 2595g 渋い!
あと5g、(別に意味ないけど)
9月24日に首の大怪我をしてしまい、体に麻痺が残って当然のところが、後遺症もなく
こうしていられるのも、この子のおかげではないかと今でも真剣に考えています。
僕にとっては命の恩人。その恩人にやっと出会えました。
そして、僕たちにとってこの子はまさに Christmas Gift です!
こんばんわ! 生まれてきてくれてありがとう!
生まれたあとの嫁はさっきとは想像もつかないほど普通で、お腹もへっこんでました。
今すぐは無理でも、やっとうつ伏せになって死体みたいな態勢で寝れるね!
長い間、本当にお疲れ様でした!
26日は夕方厦門に戻る予定でしたが、全くその予定通りに厦門へ帰ってきました。
この2泊3日は本当に価値のある旅でした。
関空に向かう前にHKの携帯でも写真入れておきたい思って、病院でパチリ!
関係のある方これから、こいつも宜しくお願いいたします!
先週土曜の朝、仕事をしていると1通のメールが 「おしるしあり」
おしるし?
なんのこと?と思いとあるサイトへ ⇒ ここ
さらに調べてみると ⇒ さらにここ
あれれ~。予定は31日だったはずだが…
いろんな人から初産は遅くなりがちと聞いていたので、まさかなあ。
「ええええ、マジ、どうしよう」
というのも僕は中国厦門、嫁は吹田(大阪府です)
しかも、データによると50%以上は2日以内に生まれるってことやん。
僕の選択肢は
① たかをくくって厦門で仕事
② 大丈夫、無問題と無視して厦門で仕事
③ チケット結構高いやんで厦門で仕事
④ 仕事忙しいねん厦門で仕事
⑤ これで帰って生まれへんかったら笑われるな、で、厦門で仕事
しかありませんでした。
しかし、よ~く考えてみるとこれ一生にあるかないかだし、やっぱりそばにいてほしいと
言っていた記憶がああああ。
で、選択肢は1つしかなくなりました
⑥ とりあえず帰る。
ということでその日に昼に豪華な厦門航空で大阪へ
嫁の家に着いてみると、「あれから何にもないわ~」 「そっか」
5年ぶりにクリスマスイブは大阪で過ごしました。
ちゃんとクリスマスケーキも食べました。
日本のケーキはうまい!
翌日25日
ああよう寝たわ~!(嫁は寝れなかったようですが)
そして、いきなりなんか破水したみたい発言!
「えええええええ、マジ!!!!!」
朝6時ごろプチって音がしたらしい、僕は肉離れではないかと確認したけれども
どうやら肉離れではない様子。
早速、シャワーして朝ご飯食べてみんなの病院へ
助産婦さんいわく「破水してまっせ~、いらっしゃ~い、入院やで~」(おいおい)
朝11時ごろ入院決定です。
嫁と僕は昼飯前にコンビニで買ったおにぎりやパンを食べたので
僕だけが病院の昼飯を食べる。
長期間、香港中国にいるせいか、病院の日本飯でも うまい!
昼間はたいした陣痛がなかったが、4時ごろからだんだん痛そうにしていました。
ということは…
5時の夕ご飯はまた僕が頂く事に!
病院といえども日本の日本飯はうまい!
6時ごろから本格的に陣痛があり。 「痛い痛い」の連発。
ぼくも頑張ってずっと背中をさすったり背骨を押したりしてました。
助産婦さんがたびたび診断に来て頑張ろう、頑張ろうというものだから。
僕も頑張らねばと思い、気分はラグビーの試合前のよう。
必要もないのに何かに肩を当てたかったのです。
それにしても、時間を追うごとに痛さが増してきているようで、
一緒にいてしゃれにならないぐらい大変なのが分よく分かりました。
分娩台に乗るのはいつ頃なんだろうと聞くと生まれる30分ぐらいまで行きません。
って返事されて、自分がイメージしていたのとはちがってました。
僕は分娩台の横で3時間ぐらいずっといるんだと思ってた。
さて、本格的に痛くなって来た6時頃から約4時間半たった10時半ごろやっと分娩台へ
あともう少しだ!がんばれ! という気持ちともに僕も立ち会う!
顔が真っ赤にして頑張ってふんばってる嫁を見て、さらに大変さが身にしみて分かる。
嫁が頑張って、頑張った結果。 じゃじゃじゃ~ん!!!
12月25日 22時51分 男の子誕生です! 2595g 渋い!
あと5g、(別に意味ないけど)
9月24日に首の大怪我をしてしまい、体に麻痺が残って当然のところが、後遺症もなく
こうしていられるのも、この子のおかげではないかと今でも真剣に考えています。
僕にとっては命の恩人。その恩人にやっと出会えました。
そして、僕たちにとってこの子はまさに Christmas Gift です!
こんばんわ! 生まれてきてくれてありがとう!
生まれたあとの嫁はさっきとは想像もつかないほど普通で、お腹もへっこんでました。
今すぐは無理でも、やっとうつ伏せになって死体みたいな態勢で寝れるね!
長い間、本当にお疲れ様でした!
26日は夕方厦門に戻る予定でしたが、全くその予定通りに厦門へ帰ってきました。
この2泊3日は本当に価値のある旅でした。
関空に向かう前にHKの携帯でも写真入れておきたい思って、病院でパチリ!
関係のある方これから、こいつも宜しくお願いいたします!
by hiropy1214
| 2005-12-27 23:25
| クリスマス